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ある学校で行っているワークショップ的授業が大変おもしろいです。その授業では、授業時間中、生徒の笑いがずっと絶えないのです・・・。ぼくもそういう生徒達の反応を見て、思わず笑ってしまいます。教師、生徒のどちらにとっても、とても幸福な関係が続いています。

その授業のテーマは何か。

一言で言えば、「自分」について考えること。堅いテーマです。

堅いテーマをやわらかくする為に、演劇ゲームの手法を取り入れています。

ぼくは、言語化することだけが、「考える」ではないと思っています。身振り、手振り、動作、ありとあらゆる表現手段をつかって、「考える」ことができると思います。もう少し抽象的に言えば、他者によって解読されうる形式に変換しようと努力することが、「考える」ことの本質をなすのではないかと考えています。例えば、画家は絵によって考えているし、ダンサーは踊りによって考えている、あるいは、哲学者は言語によって考えている・・・。

ぼくはこの授業では、演劇的な表現を採用したというわけです。

さて、難しい話は置いておいて・・・^_^;。

1歳10ヶ月の娘の口癖は、

「自分」
「自分で」

です。
こんな小さな子でも「自分」に関心があるのです。「自分」は発見され、そして、死ぬまで「自分」であり続けるのです。自分が自分でなくなることは、原理的にありえません。24時間、100%自分は自分であり続けるのに、自分にとって、自分は謎であり続けるのです。

何か、不思議じゃありませんか?

その意味で、「自分」というテーマはとても重要なテーマだと思います。だからこそ、授業のテーマに選んでいるわけですが、生徒たちは、自分について考えるうちに、「他者」の存在に気付きます。

そして、他者が、偶然性をもたらす契機となり、自分の人生に彩りを加えてくれていることに気付いていくのです。

今日の授業での生徒たちの反応を見ていて、少しうらやましいなと思いました。他者の存在によって、自分の当初考えていたアイデアが曲解され、誤解を含んだまま展開され、一つの作品として完成してしまう。生徒たちは今、目の前で起こっていることを素直に喜んでいます、興奮しています、とってもワクワクしています。

ぼくも生徒たちに負けないように、よりいっそうの努力をしないといけないと思いました。もっと「偶然的」で、もっと「即興的」で、もっと「ワクワク」するような、そういう活動を目指して行かないといけないと。

何だか、難しい話になってしまいました。
でも、時々はこういう文章を書いて、決意を新たにしないと、前に進めません。
今後の活動に期待してください。それでは。
(この文章はそのうち削除します。)
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